川島電機のこと(その2)
国会図書館に調べ物で訪れたついでに、下で書いた川島電機について、その後の変遷をラジオの製作の広告で調べてみた。
この号で、全真空管式の高一中二受信機、RA-5に代わって、RF-6BA6、AF/PA-6BM8を使い、その他の回路は半導体化したRA-5Tが初めて登場している。
この頃はまだ、真空管式の0-V-2や1-V-2も健在だ。
小さな字だが、RA-5も少量在庫があったようだ。今なら迷わずRA-5を入手したいところだ。
この号の広告はグラビア見開き2ページで、クリスタルマーカーやクリコンの、BCL関連周辺機器キットの他に、チューナー、アンプ、スピーカなどのオーディオキットも販売している。
1年後の1977年8月号になると、 デジタル表示方式のオール半導体式キットRK-5、RK-6が登場する。
RK-5はシングルスーパー、RK-6はダブルスーパー方式で、どちらも1KHz直読カウンター付だ。
RK-6についてはラジオの製作1980年9月号に製作記事があり、カウンタ部分はプリセッタブルカウンタSN74176を使った5桁のスタティック方式だった。
この頃の手が届く範囲の受信機だと、TRIOはR-300、八重洲はFRG-7、SONYはスカイセンサー5900、松下はクーガー2200で、デジタル表示機はまだ一般的ではなかった時代だ(八重洲のFR-101Dはあったが、これらの機種とは価格帯が違う)。
どれくらい売れたのかはわからないが、少なくとも価格的には競争力はあったと思われる。
RA-5Tも健在で、名称がRK-3に変更されているようだ。
1981年6月号の広告から、真空管使用機種が発売中止になっている。
全真空管式で最後まで残っていた、0-V-2受信機(この頃の名称はRK-1)が発売中止になったのがこの号だ。
また、ハイブリッド方式だったRK-3も「全トランジスタ方式になりました」と告知されている。
デジタル表示機のRK-5、RK-6は健在だが、いつのころからかプラグインコイルが別売ではなくセット販売に変わっているようだ。
そうして、1982年5月号の広告で、組み立てキットの販売を中止する旨の告知がされている。
「長らく御愛顧頂きました組立キットの発売を5月30日をもって中止することゝなりました。多くの方々に御愛用され深く感謝いたしております。今後は装いを新にし完成品の発売を予定していますので御期待下さい」
その後のラジオの製作誌を少し追って見たが、川島電機の広告を見つけることはできなかった。
1982年頃だと、TRIOだとR-1000、八重洲だとFRG-7700が発売されて久しいころで、性能的にRK-6が対抗できるものではなかっただろう。
今と比べれば全然アマチュア無線が学生に人気あった頃だが、毎月1頁の広告をして採算がとれるほど売れるとはとは思えない。1977年頃からは、ラジオの製作の広告もAppleIIやTRS-80、その後国産8ビットマイコン機のものが増加していった頃で、受信機キットの販売は厳しくなる一方だったのだろう。
ヤフーオークションでも出品をほとんど見かけることのない川島電機の受信機だが、あの頃大人だったら買えたのになぁと、朴訥な広告を見てあらためて残念な思いをした。



























